R加群の direct limit(順極限、直極限、帰納極限)に関する基本的な命題の証明

はじめに

私はホモロジー代数を以下の書籍で学びました。
絶賛絶版中で入手は困難ですが、現状でも日本語でホモロジー代数を勉強しようと思うと、この本一択になるのではないかと思います。
証明は自分で追える程度に十分に形式的に書かれていて、誤植などもほとんどなかったように記憶しています。

ホモロジー代数 (岩波基礎数学選書)

ホモロジー代数 (岩波基礎数学選書)

この本の第1章で direct limit ( \varinjlim M_{\lambda} と表す) という概念が出てきます。
そこで direct limit に関して成り立つ基本的な事実として、

  • 任意の  \varinjlim M_{\lambda} の元  \tilde{x} に対して、或る十分大きな  \lambda \in \Lambda x_{\lambda} \in M_{\lambda} が存在して、 \tilde{x} = p \circ i_{\lambda}(x_{\lambda}) が成り立つ
  • 任意の  \varinjlim M_{\lambda} の元  \tilde{x} = p \circ i_{\lambda}(x_{\lambda}) に対して、 \tilde{x} = 0 となることと、十分に大きいある  \mu > \lambda が存在して、 f_{\mu \lambda}(x_{\lambda}) = 0 となることは同値である

ということが、証明無しに書かれています。

実は、この二つの命題を証明せよという問題が Atiyah MacDonald の『可換代数入門』の第2章の練習問題15にも出てきます。

Atiyah‐MacDonald 可換代数入門

Atiyah‐MacDonald 可換代数入門

そこでネットでこの練習問題に対する解答が落ちていないか検索するといくつか出てきますが、
一番まともな証明を載せているのは以下の PDF だと思います。

http://webhosting.math.tufts.edu/jdcarlson/intro_comm_alg(Palatino).pdf

しかし、この証明でも十分に形式的で、理解しやすいとは言えません(stackexchange にもっとわかりやすい証明があった気がする)。
そこで、私が証明を思い出すための備忘録として、この程度まで形式的に書いておけば大丈夫だろうという証明を書いておこうと思います。

証明のポイントは

  • R加群とR加群の準同型の圏においては zero object(null object) が存在すること
  • 上の事実と直和の UMP(Universal Mapping Property) を用いて、適当な準同型写像を定義すること

です。

 \varinjlim M_{\lambda} の定義に関して

河田の『ホモロジー代数』ではR加群の直族  \left\{M_{\lambda} \right\} が以下のように定義されています。

有向順序集合  \Lambda を添数集合とするR加群の族  \left\{M_{\lambda} \, \middle| \, \lambda \in \Lambda \right\} および  \lambda < \mu に対して
R準同型  f_{\mu\lambda} \colon M_{\lambda} \to M_{\mu} が与えられ、かつ  \lambda < \mu < \nu ならば  f_{\nu\lambda} = f_{\nu\mu} \circ f_{\mu\lambda}
が成り立っているとき、 \left\{M_{\lambda} \right\} をR加群の直族という。

しかし、この定義は誤りで、以下のように修正する必要があります。

有向順序集合  \Lambda を添数集合とするR加群の族  \left\{M_{\lambda} \, \middle| \, \lambda \in \Lambda \right\} および  \lambda \leq \mu に対して
R準同型  f_{\mu\lambda} \colon M_{\lambda} \to M_{\mu} が与えられ、 f_{\lambda\lambda} = id_{M_{\lambda}} かつ  \lambda \leq \mu \leq \nu ならば  f_{\nu\lambda} = f_{\nu\mu} \circ f_{\mu\lambda}
が成り立っているとき、 \left\{M_{\lambda} \right\} をR加群の直族という。

このように修正したうえで、直和R加群  \tilde{M} = \bigoplus_{\lambda} M_{\lambda} \tilde{M} の部分集合
 S = \left\{ i_{\mu} \circ f_{\mu\lambda}(x_{\lambda}) - i_{\lambda}(x_{\lambda}) \, \middle| \, \lambda < \mu, \, x_{\lambda} \in M_{\lambda} \right\} を考え、Sによって生成される  \tilde{M} の部分R加群を  \tilde{N} とする。
このとき direct limit を  \varinjlim M_{\lambda} = \tilde{M} / \tilde{N} で定義する。また  p \colon \tilde{M} \to \varinjlim M_{\lambda} を標準的な準同型とする。

以上の準備をもとに、命題を証明します。

証明

命題1

 \forall \tilde{x} \in \varinjlim M_{\lambda} に対して  p \colon \tilde{M} \to \varinjlim M_{\lambda} は全射であるから、 \exists \left(x_{\lambda}\right) \in \tilde{M}, \, \tilde{x} = p\left( \left(x_{\lambda} \right)\right) が成り立つ。
また、 \left(x_{\lambda}\right) がR加群の直和の定義より、有限個の  \lambda を除いて  x_{\lambda} = 0 であることと、 \Lambda が有向順序であることより、 \exists \lambda' \geq max \left\{ \lambda \in \Lambda \, \middle| \, x_{\lambda} \neq 0 \right\} が成り立つ。
ここで、任意の  \lambda に対して  g_{\lambda'\lambda} \colon M_{\lambda} \to M_{\lambda'} を以下のように定義する。

 \displaystyle
\begin{equation}
g_{\lambda'\lambda} =
\begin{cases}
f_{\lambda'\lambda} & \lambda' \geq \lambda \\
0 & otherwise
\end{cases}
\end{equation}

ここで  0 \colon M_{\lambda} \to M_{\lambda'} \left(\lambda' < \lambda \right) とは  0 \colon M_{\lambda} \to \left\{ 0 \right\} \to M_{\lambda'} のことで、これは  \left\{ 0 \right\} が zero object であることから、必ずただ一つ存在する。
すると、直和の UMP より  \exists! \, g \colon \tilde{M} \to M_{\lambda'} が存在して、任意の  \lambda に対して、 g \circ i_{\lambda} = g_{\lambda'\lambda} が成り立つ。
 x_{\lambda'} = g\left(\left( x_{\lambda} \right)\right) とすれば、


\begin{align*}
p \circ i_{\lambda'}(x_{\lambda'}) &= p \circ i_{\lambda'} \circ g \left( \sum i_{\lambda}(x_{\lambda}) \right) = p \circ i_{\lambda'} \left( \sum g \circ i_{\lambda}(x_{\lambda}) \right) = p \circ i_{\lambda'} \left( \sum f_{\lambda'\lambda}(x_{\lambda}) \right) \\
&= \sum p \circ i_{\lambda'} \circ f_{\lambda'\lambda}(x_{\lambda}) = \sum p \circ i_{\lambda}(x_{\lambda}) = p\left(\left( x_{\lambda} \right)\right) = \tilde{x}
\end{align*}
が成り立つ。

命題2

if case

 \exists \mu > \lambda . f_{\mu\lambda}(x_{\lambda}) = 0 ならば、

 p \circ i_{\lambda}(x_{\lambda}) = p \circ i_{\mu} \circ f_{\mu\lambda}(x_{\lambda}) = p \circ i_{\mu}(0) = 0

が成り立つ。

only if case

 p \circ i_{\lambda}(x_{\lambda}) = 0 ならば、 i_{\lambda}(x_{\lambda}) \in {\rm ker} \, p = \tilde{N} であるから、
 i_{\lambda}(x_{\lambda}) = \sum_{i}^{n} r_{i} \left( i_{\mu_{i}} \circ f_{\mu_{i} \lambda_{i}}(x_{\lambda_{i}}) - i_{\lambda_{i}}(x_{\lambda_{i}}) \right) と表すことができる。
 \Lambda が有向順序であることと、 \left\{ \mu_{i}, \lambda_{i} \right\} が有限集合であることより、 \exists \mu \geq max \left\{ \mu_{i}, \lambda_{i} \right\} が成り立つ。
ここで、任意の  \lambda に対して  g_{\mu\lambda} \colon M_{\lambda} \to M_{\mu} を以下のように定義する。

 \displaystyle
\begin{equation}
g_{\mu\lambda} =
\begin{cases}
f_{\mu\lambda} & \lambda \in \left\{ \mu_{i}, \lambda_{i} \right\} \\
0 & otherwise
\end{cases}
\end{equation}

すると、直和の UMP より  \exists! \, g \colon \tilde{M} \to M_{\mu} が存在して、任意の  \lambda に対して、 g \circ i_{\lambda} = g_{\mu\lambda} が成り立つ。この  g を用いれば、


\begin{align*}
f_{\mu\lambda}(x_{\lambda}) &= g \circ i_{\lambda}(x_{\lambda}) \\
&= g \left( \sum_{i}^{n} r_{i} \left( i_{\mu_{i}} \circ f_{\mu_{i} \lambda_{i}}(x_{\lambda_{i}}) - i_{\lambda_{i}}(x_{\lambda_{i}}) \right) \right) \\
&= \sum_{i}^{n} r_{i} \left( g \circ i_{\mu_{i}} \circ f_{\mu_{i} \lambda_{i}}(x_{\lambda_{i}}) - g \circ  i_{\lambda_{i}}(x_{\lambda_{i}}) \right) \\
&= \sum_{i}^{n} r_{i} \left( f_{\mu \mu_{i}} \circ f_{\mu_{i} \lambda_{i}}(x_{\lambda_{i}}) - f_{\mu \lambda_{i}}(x_{\lambda_{i}}) \right) \\
&= \sum_{i}^{n} r_{i} \left( f_{\mu \lambda_{i}}(x_{\lambda_{i}}) - f_{\mu \lambda_{i}}(x_{\lambda_{i}}) \right) \\
&= 0
\end{align*}

まとめ

河田の『ホモロジー代数』の内容の修正と、direct limit 基本的な命題について証明をしました。自身で証明を再度行える程度に形式的な証明になっていたでしょうか?
不明な個所があればコメントで質問して下さい。

おわりに

数学はその性質上、書籍を読み進める中で、一部でもわからない箇所があると、それ以降の内容がちゃんと理解した気になれなかったりします。
人によるのかもしれませんが、少なくとも私はそうなので、初めてこの命題に出くわしたときはちゃんと証明できるまで先に進むことができませんでした。
この記事がどれほどの人の役に立つのかかわかりませんが、日本語で検索可能な文章として存在することに意味があると信じています。(私が読んでいないホモロジー代数の書籍に、十分に形式的な証明があって、私が知らないだけなのかもしれないが…)